• 長久手市大学連携推進ビジョン4U

今日は、日本一の福祉のまちの話をしたいと思います。私は、日本一の福祉のまちを目指すため、公約を三つ掲げました。「一人ひとりに役割と居場所があるまち」「助けがなかったら生きていけない人を全力で守る」「ふるさとの風景をこどもたちに」です。

 

長久手のまちは、ついこの間まで山の中でした。山を削り、田んぼを埋めて、住宅にして、このまちができた。50年前、当時7500人の人口が、今は約57000人。もう一度、まちを雑木林にしたいと思っています。そんな公約をしてきたところ、愛知県知事がモリコロパークをジブリパークにすると掲げられたものですから、まちも私も賛成で、このまちにはずっと木を植えていきたいと伝えました。皆さんと一緒に木を植え、30年先40年先50年先、木で囲まれたまちにしたいと思っています。

 

そして、「誰もが必要とされる」「つながり」。子どもも高齢者も寝たきりの人も認知症の人も、「私たちは必要とされているんだ、いてもいいんだ、役割があるんだ」という社会にしたいです。例えば、老人ホームは介護する人と介護される人という構造ですが、その中に学生や不登校の子、外国から来た子を入れてみた。すると、介護される側のおばあさんやおじいさんが、不登校の子を自分の孫のように叱ったり、夜中に騒いでいる学生を注意したり、いきいきしてきた。いろいろな人が交ざって暮らすと、そこにそれぞれの立つ瀬が生まれてきます。

 

雑木林は、ナラの木もあればクヌギもある。大きい木もあれば小さい木もあって、どれがいいとかない。いろいろなものが交ざり合う雑木林のようなまち、雑木林のような人のあり方。どの人にもいいというまちが福祉というか、社会ではないかと思っています。成績のいい子だけがほめられるとか、仕事ができる人だけが優秀とか、元気なやつだけがいいとかではなく、少し切り口を変えたら、誰にも立つ瀬が生まれるのではないかと思います。そういうまちのありようが、日本一の福祉のまちになると思ったわけです。

 

長久手市は、日本の全市町村の中で3番目に住みやすいまちです。ただ、その快適度とは煩わしいことがないということ。近所の人との会話がなくなって、お金を払えば役場が何でもしてくれる。そんなまちが、快適で住みやすいということなんです。なので、それをあえて、煩わしくて不便なまちにしようと思っています。

 

今までのような人口増加は、山の頂上を目指して一生懸命走ってきたようなこと。ところが、頂上が見えたところで人口が減り始め、麓へ降りる時代になった。麓は360度あるから、どこへ降りるのが正解かわからない。それだけに、急いで降りる必要はありませんが、自分たちで何でもできるような力をつける必要があります。名古屋で仕事をし、そのお金で役場を雇って何でもしてもらうという時代ではなくなります。

 

かつて子どもが生まれたら、役場ではなく周囲の人に相談する時代がありました。ですが、長久手のまちはよそからの流入が多く、お互いをほとんど知りません。まちを夫婦にたとえるなら、夫婦で会話がないなんて、それはもう夫婦じゃない。あえて不便で煩わしいまちにしたいというのは、今から地域の問題を自分たちで考えていくようにしていかないと、人口が今の半分くらいになったときに、市民が力を合わせて何かを行うという自立したまちにならないからです。

 

そうしたまちづくりを支える職員を育てるために、
長久手市役所でも個人のインターネットの使用を制限して、ネット端末も職員同士で共有するようにしました。すると、互いに利用状況を確認し合って貸し借りをしたり、ネットで調べるのではなく直接誰かに尋ねたりするようになる。そんな煩わしさによって、
より多くの人が関わり合い、交流が生まれるという状況をつくり出しています。

 

高齢者の孤立死や子どもの虐待など、さまざまな問題が起きていますが、誰も声を掛け合わないという現状があります。声を掛けるのは、とても煩わしいことですが、ちょっと行動してみる。すると、誰もが「私もいていいんだ」という気持ちになってくれる。このまちを、住民同士が助け合って問題解決するまち、市民によって自立できるまちにしたいです。そんな煩わしいまちづくりのために、ぜひ声掛けなど、皆さんにも協力していただきたいです。

 

このまち全体にもう一度緑を復活させ、もう一度声を掛け合い、もう一度つながりのあるまちにしたい。何もたいしたことじゃないんです。お金もかからない(笑)。みんなでこれだけのことをやったら、このまちは日本一の福祉のまちになると信じ、今後も協力していただけたらと思っています。

(2017年8月4日、第2回ワーキング、愛知淑徳大学)